ストーンハートの金庫には窓がなかった。エララは見張りの交代のあいだにある鼓動を数えた――十七、十八、十九――借りものの時間が積み重なって、堤防に押し寄せる濁流みたいに胸を圧してくる。拘禁されて三日。三日間、震える自分の手を見つめ、明日から盗んだ年月が今日の骨を食い荒らしていくのを感じ続けた。時刻の王冠は消えていた。ここへ引きずって来られたとき、ヴェイラの兵がそれを奪っていったのだ。その安定させる力が失われたせいで、時間そのものに負っている借りが利子をつけて取り立てられはじめていた。
彼女は冷たい鉄の扉に手のひらを押し当てた。温もりはない。びくともしない。湿った石が薄い囚人服越しに冷えを染み込ませ、どこか壁の向こうで、交代の合図らしい遠い金属音が鳴った。十七の鼓動。十八。牢の外の見張りが咳き込む。
いま。
エララは溺れる女が空気に手を伸ばすように時間へ手を伸ばし――その内側で何かが裂けた。借り入れは拳みたいに襲ってくる。今回は秒じゃない。分だ。彼女は未来からまるごと五分を引きはがし、その借金が一度に全身を貫いた。借りた瞬間の年月が、ひとつの凄絶な波となって支払いを迫ってくる。膝が崩れた。視界は重なり合う像へと砕け、どれもが互いに一拍ぶんずれている。鉄の扉は同時に三つの状態で存在していた――閉じている、開きかけている、すでに開いている。彼女は通り抜けられるほうの扉へよろめきながら踏み込んだ。
「気をつけろ――動いたぞ!」
叫び声は背後から来たのか、前方からだったのか、それともまだ起きていない廊下の一つの姿からだったのか。エララ自身の悲鳴が、まだ生きていない瞬間から反響して戻ってくる。彼女の手は老いていた。次の瞬間には若い。さらに次にはまた老いて、皮膚は紙みたいに薄く斑点が浮き、自然な時間なら何十年もかけて進むはずの関節炎で拳が腫れ上がっている。借りは、彼女が払えるより速く返済期日を迎えていた。
走れ。
廊下が前方へ伸び、松明の火が意味をなさないリズムで吃音のように揺れる。見張りがクロスボウを構えた。彼女は弦から矢が放たれるのを見た――飛翔の途中で凍りついているのを見た――自分の背後の壁へ突き刺さるのを見た。三つの現実が同時にあり、重ねた透明紙みたいに重なり合っている。エララは矢が外れるほうの現実へ向かって駆けた。
「いや、いや、いや――」
彼女の声はあらゆる場所から聞こえた。前方から、叫びながら。背後から、息を詰まらせて。現在の自分の口からも、解き放ってしまった混沌に引き裂かれて言葉がばらばらのまま漏れる。床が波打った。石が水になり、また石に戻り、重力がどちらを指すのか忘れた一瞬を彼女は落ちた。肩が何か固いものにぶつかる。痛みが咲いた――鋭く、即座で、確かな痛み。砕けた時間の万華鏡と化した廊下で、唯一、本物だった。
彼女は転がるように立ち上がった。身体が抗議の悲鳴を上げる。関節は錆びた蝶番みたいにきしみ、筋肉は自分より三十歳も年上の女のものになっているべきだった。体のあらゆる細胞が、その代償を支払っていた。
もうひとりの衛兵。もう一張の石弓。矢は彼女の目の前で、ひとつの鼓動と次の鼓動のあいだに凍りつき、彼女は考えるより先に、さらなる時間へ手を伸ばした――
世界がひび割れた。
音が硝子みたいに砕けた。廊下が三つの姿に裂け、それぞれがわずかに位相をずらして重なり合うなかで、エララはよろめいた。ある廊下では、衛兵はまだ武器を持ち上げている。別の廊下では、すでに撃っていた。三つめでは、彼女がまだ加えていない一撃で意識を失い、床にくずおれていた。砕けた一瞬の中から、自分自身の顔が彼女を見返す――年老いた顔、幼い顔、声にならない苦痛に叫ぶ顔。
反響は悪化していた。借りるたびに波紋が生まれ、その波紋は波へと変わっていく。制御できない。あれほど慎重に、精密に扱ってきた力が、野生のものになっていた。餌をくれた手に噛みつく獣だ。彼女は次の瞬間へ手を伸ばし、代わりに昨日をひとつかみ掴んでしまう。ヴェイラの声の記憶が油のように彼女の上を滑った。
『書類には彼の署名があるの、Archivist。カシアン自身の筆跡で、労働収容所の建設を命じている。繁殖計画を命じている。彼の統治に役立たないあらゆる定命の魂を屈服させろと、命じている』
エララの足が、存在しているのに同時に存在していない敷石に引っかかった。彼女は前につんのめり、地面に叩きつけられ、血の味がした。時間の悲鳴が耳の中で鳴り響く――自分自身の声の不協和音、衛兵の怒号、そして金庫そのものが不安定になり始めたことで、石が石を削り合わせる軋み。
立て。とにかく立て。立たなければ、ここで死ぬ。
彼女は身体を押し上げた。腕が震える。視界が二重に、三重にぶれ、同じ廊下が幾通りにも分かれて、幾通りもの方向へ伸びていくのが見えた。松明もそれぞれの廊下で明るさが違う――眩しいほど燃えるもの、今にも消えそうに揺らめくもの、すでに消えてしまったもの。出口はどっちだ? 思い出せない。ストーンハート金庫の構造は記憶にあるのに、その記憶が、彼女が解き放った混沌の中に散らばった断片としてしか存在しない。知識へ手を伸ばしても、掴めるのは欠片だけ――分岐は左、右はだめ、真っ直ぐもだめ、だめ――
手が彼女の手首を掴んだ。
温かい。確かな感触。現実。
エララははっと顔を上げた。目の前にカシアンが立っていた。指が彼女の腕に巻きつき、砕け落ちる瞬間の奔流越しに、その眼差しが彼女の眼差しを捉える。時間の混沌の中で彼は異様だった――あまりにも安定していて、あまりにもそこにいて、止まらず回転し続ける世界の中の固定点みたいに。
「エララ!」
その声が雑音を切り裂いた。借り始めてから初めて、彼女はそれをはっきりと聞いた。過去と未来が現在へ滲み出して重なり合う反響なしに、ただその声だけを。
「おまえ――」
言い終えられなかった。書類。署名。定命の隷属を命じる指示。ヴェイラは証拠を見せた。彼女の指先に本物のプライム・ヴェラムの感触を味わわせた。今、手首を錨みたいに掴んでいる男について、彼女が信じていたすべてを証拠が打ち砕いていくのを、ヴェイラは見守っていた。
「やつらがおまえに何を見せたかは分かってる。」カシアンの握りが強まった。唸りを上げる時の風にかき消されそうなほど、低く、切迫した声だった。「分かってる。だが今じゃない。動け。」
彼の背後の回廊がちらついた。衛兵たちが現れては消える――まだ完全に固まりきっていない瞬間に凍りついたまま。一本の石弓の矢が、ほんの一秒前まで彼の頭があった場所を貫いたが、幽霊のように残響をすり抜けていった。彼は本物だ。ここにいる。そして世界の終わりの向こうから、彼女へ手を伸ばしている。
エララは震える手を、彼の手へ向けて上げた。疑念が胃の底で腐り、どろりとした毒になっていく。ヴェイラの証拠は否定しようがなかった。プライム・ヴェラムは偽造できない。カシアンの署名は真正で、本物で、それは――
彼の指が彼女の指に絡み合った。接触が稲妻のように彼女を貫く。ぬくもり。圧。自分の皮膚に触れる、他人の皮膚という単純な物理的現実。砕け散る時の混乱の中で、彼の握りだけが唯一まともに思えた。
「な――」彼女は唾を飲み込んだ。声が三つの方向から同時に出て、自分自身と重なり合う。「どうして――」
「神の血筋にも使い道はある。」彼は彼女を引き起こし、脚が崩れそうになるのを支えた。「継ぎ目が見える。時がまだつながってる場所が。歩けるか?」
分からない。もう何も分からなかった。回廊はあまりに多くの方向へ伸び、彼女の身体は自分のものではないようだった――年老いた誰か、死にかけている誰か、借りすぎて返せなくなった誰かの。
「おまえの力は?」カシアンの目が彼女の顔を探った。揺れる松明の光の中で、その顔立ちは、彼女が信じてきた男と、ヴェイラが見せた暴君のあいだを揺れ動くように見えた。「止められるか?」
「わたしは――」言葉が喉に引っかかった。「でき――」
「なら走る。」彼の手がまた彼女の手を見つけ、指が絡む。強く、温かく、どうしようもなく確かだった。「止まるまで走る。」
彼は彼女を引っ張って進んだ。エララはよろめきながら後を追う。床は別の何かになろうとしてばかりいるのに、足は辛うじて踏み場を見つけた。混沌が周囲で荒れ狂うのに、カシアンは、昼の光の中で見慣れた道を歩く男のように、その中を進んでいった。まだほつれていない時の糸、安定した瞬間を見抜き、裂け目を通って彼女を導く。
衛兵が目の前に実体化した。カシアンは速度を落とさない。衛兵がまだ現れていない瞬間へ踏み込み、次の一歩で反対側へ抜けた。時間の流れが彼らの周りで固まりきる前に、その隙間へエララを引きずり込む。
「どう――」問いの形にできなかった。思考が暴風の中の葉のように散っていく。
「境目だ。」彼は、同時に三つの位置に存在している梁の下に身を屈めた。「あいだを歩ける。昔からそうだった。これに役立つとは思いもしなかったがな。」
回廊は分岐点へと開けた。エララの記憶がちらつく――ここに来たことがある、あるいはこれから来る、あるいは同時に十数もの瞬間でいまここにいる。反響が、同じ空間の百通りの姿を見せた。わずかに違うそれぞれの分岐点。あるものでは衛兵が直立不動で立ち、別のものでは分岐点は空っぽだった。ひとつでは火が壁を食い尽くしていた。
カシアンが彼女の左腕を引いた。「こっちだ」
「待っ――」言葉が問いの形にならない。彼女は踏ん張った。身体が悲鳴を上げ、関節が軋んだが、それでも無理やり足を止める。「書類が。ヴェイラが見せてくれた――」
「何を見せたかはわかってる。」彼は振り返った。顔は強張り、顎を食いしばっている。砕けた光の中では表情が読めなかった。「おまえが俺を何だと思ってるかもな。だが、ここでその話をしていたら、輪に捕まる。逃げられない瞬間へ折り畳まれてしまう。――それが望みか?」
問いが二人のあいだに吊り下がる。周囲では時間が砕け続けていた。右手の壁の一部がちらついて消え、向こうの闇が露わになったかと思うと――涙が滲むほどの速さで、また瞬時に戻った。
「……いや。」彼女は囁いた。
「なら、動け」
二人は走った。金庫区画は、重なり合う現実の悪夢と化していた。エララの足が打つ石は踏むたびに形を変え、表面の質感すら一歩ごとに変わった。ときおり彼女は、自分自身を前方に見る――幽霊の像、まだ起きていない瞬間の反響が、まだ辿り着いていない回廊をよろめきながら駆け抜けていく。背後から自分の叫び声が聞こえた。警告なのか、痛みの叫びなのか、判別できない。
カシアンの手は一度も彼女の手を離さなかった。その握りだけが唯一の不変、ほかのすべてが崩れ落ちてもなお確かなものだった。その心地よさを与えられる自分が憎い。証拠があるのに、プライム・ヴェラムがあるのに、自分の指でなぞったあの署名があるのに、それでも彼を信じたがる自分の一部が憎い。
石弓の矢が、しゅっと音を立てて二人の脇を抜けた。一矢はカシアンの肩をすり抜けた――煙のように、反響を貫通して。もう一矢はエララの袖口をかすめ、布を裂いたが皮膚には届かなかった。衛兵は混沌へ向けて手当たり次第に撃っているのに、混沌のほうが撃ち返してくる――どこからともなく矢が現れ、存在しない瞬間へ消えていく。
「そこだ!」カシアンが前方を指した。扉。確かな鉄、確かな木。安定しているように見える一つの瞬間に錨を下ろしている。「外壁だ。その先が中庭。おまえ、でき――」
波が、二人を呑み込んだ。
エララの視界が白く弾けた。落ちていく感覚。カシアンの握りが引き裂かれて離れる感覚。世界が千の重なり合う断片へ溶けていく感覚。彼女は幼く、彼女は老い、彼女は見たこともない寝台の上で死にかけている。花畑に立っている――髪は灰色、手は揺るがず。十七通りの姿を同時に持つ回廊で叫んでいる。
負債。負債が、いまこの瞬間に一括で取り立てに来た。彼女が盗んだあらゆる瞬間、尽きかけた未来から借りた一秒一秒、そのすべての代金を。
「――ララ! エララ!」
彼女の顔に触れる手。ぬくもり。圧。誰かが彼女を抱え、つなぎとめ、忘却の縁から引き戻している。彼女は目を開けた。カシアンの顔が、彼女の顔から数センチのところで焦点を結ぶ。表情は硬く、抑え込まれている。それでも水面下で何かがちらついた――恐れ、あるいは、ほとんど気づかれないほどの気遣いにも見えるもの。
「踏みとどまれ」声は低い。切迫している。「持っていかれるな。抗え」
「できない――」声がかすれた。「負債が、もう――」
「負債なんて知るか」彼の手が彼女の頬から肩へ移り、痣が残るほど強くつかむ。「抗え。お前は前にも未来から借りたことがある。返し方を知ってるだろ。一瞬ずつだ。一息ずつ。ここにいろ。今にいろ」
彼女は試みた。いまに意識を結びつけようとした。肩に食い込む彼の手の感触に、膝の下の冷たい石に。けれど混沌が彼女を引きずり続ける。洪水の瓦礫みたいに周囲を渦巻く、砕けた瞬間のほうへと。
「俺を見ろ」カシアンの声が雑音を切り裂いた。「残響じゃない。断片じゃない。俺を見ろ。俺は本物だ。ここにいる。お前のために来た」
なぜ?
その問いは喉の奥を焼いたが、声にはならなかった。なぜ彼が自分のために来る? もし彼がヴェイラの言うとおりの存在なら――王座を得た途端に人間を奴隷にするつもりの、いずれ暴君となる男なら――なぜ、役目を果たしたはずの一人のアーカイビストを救うために、自分を危険にさらす?
ヴェイラが嘘をついていたのか。書類が偽造されていたのか。あるいは、もう何ひとつ真実ではなく、世界そのものが彼女の壊した時間みたいに裂けてしまったのか。
「エララ」カシアンの声が和らいだ。肩をつかむ手の力も緩み、抱擁に近いものへ変わる。「お前のために来た。お前が俺をどう思っていようと、あいつらが何を見せたとしても――俺はお前のために来た。それには意味があるはずだ」
彼女にはわからなかった。わかりようがない。証拠と現実は別々の宇宙に存在し、彼女はそのあいだの隙間に閉じ込められている。けれど彼の手は温かい。声は揺るがない。そして、砕け続ける世界で、彼だけが唯一現実に感じられた。
「扉が」彼女はどうにか言った。「行かなきゃ――」
「そうだ」彼は彼女を立たせた。腕が彼女の腰に回り、脚が言うことをきかないぶんの体重を支える。「中庭だ。走れるか?」
歩けるかどうかさえ怪しい。だが彼女はうなずいた。代わりはここに留まることだ――輪環の中で永久の固定物となり、同時に十七通りの姿を持つ回廊に取り憑く幽霊になること。
二人は身を寄せて動いた。カシアンは半ば彼女を抱え上げるようにして混沌を抜けていく。神性の血を引く彼は、彼女には到底かなわない確かさで裂け目を見切った。まだ保たれている安定した瞬間、かろうじて持ちこたえる時間の糸を見つけ、燃える建物の中を盲目の女を導く男のように、それらをつかんで彼女を引き抜いていく。
扉が目の前に現れた。本物だ。確かな固さを持っている。カシアンは体重をすべて乗せて肩を木にぶつけ、錠が砕け散った。
冷たい夜気が顔にぶつかった。エララは息をのんだ。金庫室のよどんだ閉塞のあとでは、その感覚が鋭く、清冽だった。そこは中庭だった。頭上にはひらけた空があり、闇の上に星が、こぼれた塩のように散っている。金庫室の入口のまわりでは、なお歪みが荒れ狂っていたが、ここ——ここでは空気が静かだった。現在が、持ちこたえている。今のところは。
「おまえの力だ」カシアンの声は張りつめていた。彼はまだエララを放していない。腕は腰に回されたままだ。「止まってない。ループがおまえについてきてる」
彼女にもわかった。時間の歪みが煙のように彼女にまとわりつき、周囲の世界へ滲み出している。足元の石は状態を行き来してちらついた。頭上の星々は軌道をたどる途中で言葉を詰まらせるみたいに、前へ跳び、また戻った。
「制御できない」その告白は喉の奥から引き裂かれるように出た。「負債が——多すぎる。借りすぎた。どうやって——」
「なら走る」カシアンは彼女の体を中庭の壁へ向けた。壁の向こうには、闇のなかに都市が広がっていた。通りと影が絡み合う迷路だ。「止まるまで走るか、安全な場所を見つけるまで走る。動けるか?」
動ける。動かなければならない。そうしなければ、混沌に呑み込まれ、砕けた自分の瞬間に永遠に閉じ込められた幽霊になる。エララはうなずいた。
二人は走った。壁が迫る。カシアンが先に身を躍らせ、滑らかに素早くよじ登ると、手を伸ばして彼女を引き上げた。指先にざらついた石が触れ、何日もの囚われと、何年にも積み上がった時間の負債で弱った筋肉が軋むのを感じる。それでも登った。登らなければ、あきらめることになる。そして、あきらめることは、自分で作った牢獄のなかで死ぬことだった。
向こう側の通りへ飛び降りた。石畳は夕方の露で湿っていて、エララの足は濡れた表面で滑った。倒れる前にカシアンが受け止め、腕をしっかりとつかむ。
「こっちだ」彼は彼女を路地の影へ引き込んだ。歪みはついてくる。視界の端で壁がちらつく。それでもここでは薄い。静かだ。ひらけた空が嵐に散る余地を与えたかのように。
「安全な隠れ家がある。東に三本先の通りだ。行けるか?」
わからなかった。もう何もわからない——彼を信じていいのかも、彼に不利な証拠が本物なのかも、自分の力が夜が明ける前に自分を殺すのかも。けれど自由だった。金庫室は背後にあり、その壁は闇へと遠ざかっていく。時の王冠はまだ見つからず、まだ敵の手の中にある。だが彼女は自由だ。そしてカシアンは、彼女のために来た。
それは、何かを意味しているはずだった。
エララは彼に導かれるまま、暗い通りを抜けた。手はまだ彼の手に握られ、時間崩壊の余震に体は震えている。ループは彼女についてきている——感じられるし、視界の縁で世界がつっかえるように跳ぶのも見える——だが今は遅い。弱い。嵐がようやく力尽きはじめたかのように。あるいは、もっとひどい何かのために力を溜めているかのように。
「書類が」声はかすれ、ほとんど囁きだった。「ヴェイラが見せてきた——」
「彼女があなたに何を見せたかはわかっている」カシアンの顎がきゅっと強張った。歩みを緩めず、立ち止まりもせずに進みながら、それでも彼の手が彼女の手を握る力は変わった——支えるだけのものではなくなり、慰めに近い何かになった。「そして真実を話す。全部だ。だがここではない。今でもない。安全になってからだ」
「どうやって——」彼女は唾を飲み込んだ。「どうやって、あなたが嘘をついてないってわかるの?」
彼は立ち止まった。路地の闇の中、彼の顔は半分が影に隠れていたが、彼女には目が見えた。揺るがない。澄んでいる。そしてその奥に、悲嘆にも似たものがかすかに宿っていた。
「わからない」彼は静かに言った。「わかりようがない。まだな。だが俺はおまえのところへ来た、エララ。おまえを見つけるために時間の嵐の中へ踏み込んだ。あの金庫から引きずり出すために、すべてを賭けた」声が低く沈む。「定命の者を奴隷にするつもりの男が、たった一人のアーキビストのために自分を危険にさらすと思うか?」
彼女には答えがなかった。証拠と現実は別々の宇宙に存在していて、彼女はそのあいだの空間に閉じ込められていた。それでも彼の手は、彼女の手のまわりで温かかった。止まらずに砕け続ける世界の中で、その温もりだけが唯一、現実のもののように感じられた。
「三つ目の通り」彼女はようやく言った。「あなたは三つって言った」
カシアンの表情が揺れた——それは安堵かもしれないし、もっと深い何かかもしれなかった。彼は一度だけうなずくと、身を翻して彼女を闇の中へ導いた。
背後では嵐がなおも荒れ狂っていた。ストーンハート・ヴォールトが視界の縁でちらつき、その壁は存在と非存在のあいだを明滅していた。時間に負った負債はまだ支払われておらず、いまだ対価を要求していた。そして彼女が置き去りにした混沌のどこかで、ループはすでに広がりはじめている——周囲の世界へと滲み出し、ひとつの瞬間ごとに現実を裂いていく。
彼女は自由になった。だが、自分の手で作った檻は、いまようやく始まったばかりだった。
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第十六章:砕けた刻 - 時を借りた少女
ストーンハートの金庫には窓がなかった。エララは見張りの交代のあいだにある鼓動を数えた――十七、十八、十九――借りものの時間が積み重なって、堤防に押し寄せる濁流みたいに胸を圧してくる。拘禁されて三日。三日間、震える自分の手を見つめ、明日から盗んだ年月が今日の骨を食い荒らしていくのを感じ続けた。時刻の王冠は消えていた。ここへ引きずって来られたとき、ヴェイラの兵がそれを奪っていったのだ。その安定させる力が失われたせいで、時間そのものに負っている借りが利子をつけて取り立てられはじめていた。
彼女は冷たい鉄の扉に手のひらを押し当てた。温もりはない。びくともしない。湿った石が薄い囚人服越しに冷えを染み込ませ、どこか壁の向こうで、交代の合図らしい遠い金属音が鳴った。十七の鼓動。十八。牢の外の見張りが咳き込む。
いま。
エララは溺れる女が空気に手を伸ばすように時間へ手を伸ばし――その内側で何かが裂けた。借り入れは拳みたいに襲ってくる。今回は秒じゃない。分だ。彼女は未来からまるごと五分を引きはがし、その借金が一度に全身を貫いた。借りた瞬間の年月が、ひとつの凄絶な波となって支払いを迫ってくる。膝が崩れた。視界は重なり合う像へと砕け、どれもが互いに一拍ぶんずれている。鉄の扉は同時に三つの状態で存在していた――閉じている、開きかけている、すでに開いている。彼女は通り抜けられるほうの扉へよろめきながら踏み込んだ。
「気をつけろ――動いたぞ!」
叫び声は背後から来たのか、前方からだったのか、それともまだ起きていない廊下の一つの姿からだったのか。エララ自身の悲鳴が、まだ生きていない瞬間から反響して戻ってくる。彼女の手は老いていた。次の瞬間には若い。さらに次にはまた老いて、皮膚は紙みたいに薄く斑点が浮き、自然な時間なら何十年もかけて進むはずの関節炎で拳が腫れ上がっている。借りは、彼女が払えるより速く返済期日を迎えていた。
走れ。
廊下が前方へ伸び、松明の火が意味をなさないリズムで吃音のように揺れる。見張りがクロスボウを構えた。彼女は弦から矢が放たれるのを見た――飛翔の途中で凍りついているのを見た――自分の背後の壁へ突き刺さるのを見た。三つの現実が同時にあり、重ねた透明紙みたいに重なり合っている。エララは矢が外れるほうの現実へ向かって駆けた。
「いや、いや、いや――」
彼女の声はあらゆる場所から聞こえた。前方から、叫びながら。背後から、息を詰まらせて。現在の自分の口からも、解き放ってしまった混沌に引き裂かれて言葉がばらばらのまま漏れる。床が波打った。石が水になり、また石に戻り、重力がどちらを指すのか忘れた一瞬を彼女は落ちた。肩が何か固いものにぶつかる。痛みが咲いた――鋭く、即座で、確かな痛み。砕けた時間の万華鏡と化した廊下で、唯一、本物だった。
彼女は転がるように立ち上がった。身体が抗議の悲鳴を上げる。関節は錆びた蝶番みたいにきしみ、筋肉は自分より三十歳も年上の女のものになっているべきだった。体のあらゆる細胞が、その代償を支払っていた。
もうひとりの衛兵。もう一張の石弓。矢は彼女の目の前で、ひとつの鼓動と次の鼓動のあいだに凍りつき、彼女は考えるより先に、さらなる時間へ手を伸ばした――
世界がひび割れた。
音が硝子みたいに砕けた。廊下が三つの姿に裂け、それぞれがわずかに位相をずらして重なり合うなかで、エララはよろめいた。ある廊下では、衛兵はまだ武器を持ち上げている。別の廊下では、すでに撃っていた。三つめでは、彼女がまだ加えていない一撃で意識を失い、床にくずおれていた。砕けた一瞬の中から、自分自身の顔が彼女を見返す――年老いた顔、幼い顔、声にならない苦痛に叫ぶ顔。
反響は悪化していた。借りるたびに波紋が生まれ、その波紋は波へと変わっていく。制御できない。あれほど慎重に、精密に扱ってきた力が、野生のものになっていた。餌をくれた手に噛みつく獣だ。彼女は次の瞬間へ手を伸ばし、代わりに昨日をひとつかみ掴んでしまう。ヴェイラの声の記憶が油のように彼女の上を滑った。
『書類には彼の署名があるの、Archivist。カシアン自身の筆跡で、労働収容所の建設を命じている。繁殖計画を命じている。彼の統治に役立たないあらゆる定命の魂を屈服させろと、命じている』
エララの足が、存在しているのに同時に存在していない敷石に引っかかった。彼女は前につんのめり、地面に叩きつけられ、血の味がした。時間の悲鳴が耳の中で鳴り響く――自分自身の声の不協和音、衛兵の怒号、そして金庫そのものが不安定になり始めたことで、石が石を削り合わせる軋み。
立て。とにかく立て。立たなければ、ここで死ぬ。
彼女は身...